私ども『玄冶店 濱田家』は、大正元年、料亭として東京日本橋人形町、玄冶店跡地にて創業いたしました。
以来、九十余年に渡り、日本料理の歴史と伝統を守り続けてまいりました。
御料理はもとより、数寄屋造りの座敷、器、庭に至るまで、日本の心を今に伝えております。是非、昔ながらの日本文化を感じていただければ幸いです。
御家族の記念日や御法事、結納、お友達のお集まり等様々な用途に合わせご利用頂けます。
伝統と格式ある雰囲気の中、掘ごたつのお座敷でゆったりとした時間をお過ごし下さいませ。
「玄冶店」の地名は、江戸時代、ここの医者岡本玄冶(1587年〜1645年)が住んだことに由来し、歌舞伎「与話情浮名横櫛」の舞台ともなりました。
玄冶は幕府の医官で、将軍家光が痘瘡を病んだ時、見事にこれを全快させて、一躍その名を高めた名医で、子孫も九代この地にその職と名跡を継ぎました。
歌舞伎で「お富さん」といえば有名な、与三郎とお富の恋物語。土地の親分・赤間の妾・お富を見染め密会する与三郎だが、見つかってなぶり殺し、お富も海に身を投げる。
奇しくも助かった二人が再開する名シーンが玄冶店(源氏店)。「しがねぇ恋の情が仇……」ではじまる名長台詞が有名。
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